鹿児島観光コンシェルジュ

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Special Interview 宇徳 敬子

鹿児島インタビュー vol.13

鹿児島県出身のシンガーソングライター・宇徳敬子さん。鹿児島県出水市で過ごした幼少期の思い出から、大人になってあらためて感じる鹿児島の魅力、食や温泉、ふるさとの温かさまで、地元への深い愛情を語っていただきました。


学生時代を過ごした鹿児島の想い出から振り返ってもらえますか。

学生時代は水泳・陸上やバレーボールなどスポーツが大好きでした。高校生まで鹿児島で過ごして、その後、学生時代に声をかけていただいたことがきっかけとなり今の仕事へ。

父が生前、出水市役所に勤めていたこともあり、地元貢献になることが出来たらと考えていた矢先に出水市PRポスターのモデルのお話をいただきました。今では東京にいる時間のほうが長くなりましたが、「自分は地元に何ができているんだろう」と改めて考えるようになって、ここ2~3年ほど前から出水市でのイベント参加や、観光大使としての活動など、少しずつ地元と関わることが増えてきました。

子供のころの鹿児島で想い出に残っている出来事はありますか?

一番印象に残っているのは、出水市から鹿児島市内へ出かける時間です。今は新幹線であっという間ですが、当時は車や電車で2時間ほどかかっていて、それ自体が一大イベントでした。鹿児島市内に行くと親戚の家を行き来しながら、いろいろな場所に連れて行ってもらっていました。

桜島フェリーに乗ったことや、霧島や指宿へ行ったこと、温泉やプールに連れて行ってもらった記憶もあります。当時は場所の名前もよく分からず断片的でしたが、今振り返ると、とても贅沢な経験だったと思います。父の運転で車移動した時間も、今では大切な思い出です。

鹿児島といえば、食の宝庫です。宇徳さんにとって鹿児島の「食」で思い出す出来事やメニューを教えてください。

食の思い出は本当にたくさんあります。「白くま」や、「さつま揚げ」は特に有名ですよね。子どもの頃は当たり前すぎて意識していませんでしたが、大人になってから鹿児島の名物だと知り、誇らしく感じるようになりました。かき氷はよく家で作って食べていましたし、当時、さつま揚げのことを、「天ぷら」と呼んでいて、揚げたてを食べるのが楽しみでした。

祖母が作ってくれた郷土料理も忘れられません。特に「あくまき」は大好物で、あくまきを醤油につけたり、きなこをまぶしたりして食べていました。今はなかなか食べる機会がなく、思い出すと無性に食べたくなります。

大人になってから鹿児島に帰ると、必ず食べるのは黒豚。黒豚のとんかつやしゃぶしゃぶは格別ですね。甘い醤油にも慣れているので、「これが自分にとって落ち着く味だな」と感じます。

大人になってから改めて訪れた鹿児島で、印象に残った体験はありますか。

「知覧特攻平和会館」を訪れたことは、とても大きな体験でした。今、生かされている命の時間をどう活かしていけばいいのか、先人の方々への敬意とともに、鹿児島という土地への思いもより深くなりました。

また、「仙巌園」や城山の温泉から眺める桜島の景色も強く印象に残っています。実は子どもの頃から温泉が大好きで、温泉で長湯しすぎて家族に探されたこともありました(笑)。

改めて大人になって振り返る鹿児島の魅力とは?

景色の美しさはもちろんですが、やはり人のあたたかさが一番の魅力だと思います。「よかよか」という言葉に象徴されるような距離感で、初対面でもどこか親戚のように接してくれる。その空気感は、帰るたびに安心します。

鹿児島(実家)の料理は具だくさんで、煮物ひとつとっても多くの食材が使われています。そうした食文化の中で育ったことが、今の自分をつくっていると感じます。

今は頻繁に帰れるわけではありませんが、鹿児島は帰るたびに「海と山に癒され自然と調和して、空を天を仰げば心も透明になっていくようで、深呼吸して原点回帰するパワーの源」と思える場所です。これからは仕事やさまざまな形を通して、地元に少しずつ恩返しができたらと思っています。

PROFILE

うとくけいこ

鹿児島県出水市出身のシンガーソングライター、ラジオパーソナリティー。B.B.クィーンズのメンバーとして「おどるポンポコリン」の大ヒットに参加し注目を集める。その後、ユニットMi-Keでも活動し、幅広い音楽性を発揮。ヒーリング効果のある透明感、「1/f(エフぶんのいち)ゆらぎ」のある歌声で支持を得てきた。現在も音楽活動を中心に、多方面で活躍している。鹿児島県出水市の観光大使も務める。

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