07酒場ライターという肩書きを捨てて、ただの洋食好きの男に戻れる店。バッキー井上ハリー中西 いつのまにか俺に酒場ライターという肩書きが付いた。たぶん30年前くらい前だったと思う。その時、「酒場ライターってなんやねん」と、その肩書きを付けられた本人は実に不愉快だった。 確かに酒場のことばっかり書いていたし雑誌から頼まれる仕事はバーや居酒屋やスナックの取材がほとんどだった。けれども俺は事件取材やインタビューも得意だったしご婦人方が読む分厚いゴージャスな雑誌や一般誌や新聞にも連載をしていた本格派のライターなのだ。それが時間が経つうちに酒場の仕事しか頼まれなくなった。 実は俺の仕事には欠点があったのだ。料亭やレストランに取材に行って原稿を書いても料理やその食材よりも、料理をする人やサービスをする人、その店の空気や時間の流れを書く比重が多いというかそればかりを書いてきたのでモノの情報を重視する傾向の仕事がなくなったのだ。 しかしモノ以外の空気を書くことに評価してくれる編集者や読者が思ったよりもたくさんいて俺は助かった。生き延びられた。 そして満を持して京都の「プチレストランないとう」である。酒場ライターというかスパイ度の高い飲み食い好き野郎としてもこの店の料理は俺を惹きつける。京都市中京区麩屋町通り押小路上る西側 サンロータス池治1F京都の漬物屋店主で酒場ライター。最近の街中パトロールは、沖縄から来たお客さんの忘れ物というおしゃれな自転車。お尻が痛いのでサドルカバーを探し中。この店と仕事場や飲みに行ったりするところが近いせいもあるが週に一度は「あー、ないとうの洋食が食べたいなあ」と急に頭に浮かぶ。人気店なのでランチタイムも夕方からも予約が多いので、ランチタイムの1回転目が終わる少し前やディナータイムの開店早々にひとりで行くとかして潜り込む。まあこの雑誌で紹介してこの潜り込む戦法も出来なくなる可能性は高いから俺は自分が大切にしてきたものを雑誌に切り売りしているただの街の哀れな男なのか。いや違う。京都の街が育ててきた希少動物だ。 実はこの店が河原町三条辺りでカウンター6席ほどの店を始めた時から知っていたし客でもあった。それから6席ではいくらなんでも入る隙間がないと言うお客の声が多くなり、ずいぶん前に御所に近い所で町屋な感じの店に移転されたあと、とても居心地のいい現在の店になった。 この店はとんかつがヒレもロースも驚くほど美味いが海老フライや和牛のハンバーグなど食べたいもの目白押しで客の悩みは増えるばかりだ。しかも冬になればコッペガニのオードブルや必殺のカキフライなどが出てくるので食いたい願望が満開になる。そこにオーナーシェフが忙しい隙間にキッチンから出てきて相手などしてくれると「あー、もうどうなってもいいからもっと食べたい。ウー!カンカン」とココロの中に消防車が走り回る。京都には奥行きと情がある洋食屋がある。あー、というしかない。日本を食べまわる写真家。揚げ物やカレーなど“茶色い”ものが好物で、毎クールのドラマを楽しみにするテレビっ子。最近バナナの画期的な保存方法を発見。バッキー&ハリーの〈プチレストラン ないとう〉地団駄はツイストで
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